ご存知でしたか?髪結床から理容所へ

およそ人間のヘアスタイルというのは、風俗文化とあいまって、その時代を象徴する写し絵のようなものである。

明治4年、突然の「断髪令」によりいきなり大変貌を余儀無くされたジャンギリ(斬髪)頭もまた、明治維新という時代が生んだ写し絵でもあったのである。

以来、「髪結床」は新しい技術を導入した(理容所)へと変わっていったわけだが、理容業者はこうした激変の時代を乗り切っていくために相寄り、各地域ごとに組合をつくり、共に助け合っていこうという機運が高まっていった。
ところで、「理髪」という言葉が生まれたのは、明治10年過ぎからであった。

理髪業は一般的に、明治5・6年頃までは「舶来職」と呼ばれていたが、明治8年頃には「散髪」、同10年頃には「剪髪(せんぱつ)」という言葉が使われるようになっていた。

ところが理屈張った人が勝手な解釈をして、奇抜な髪型をしたため、結局「髪をととのえる・おさめる」という意味から「理髪」という言葉に落ちついた。この理髪の語源については、次の機会にします。
組合は、明治の時代から助け愛を基に出来ています。
[理容師法施行50周年史より]

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