理容業と警視庁との関係(警視庁が理髪営業取締規則を定める)

明治初年の頃、「西洋髪刈所」とか「西洋風髪剪所」「英仏髪剪所」などと呼ばれていた理髪所は、当時の最新技術ともてはやされながらも、衛生観念がおろそかになっていたため、一時は客足が絶えるなど低迷し、客が遠のいたことに端を発し衛生思想が高まる。
又、アジア諸国との交流も広がり、結核、トラホーム、皮膚疾患などの伝染病が増え、行政当局もその対策に頭を痛めていた。
その当時、理髪所を主管していた警視庁では、理髪所を利用する人々の健康を守り、伝染病を予防するため、理髪業者の同業組合を介して公衆衛生の普及徹底を図っていこうとして、府県令をもって「理髪業衛生取締規則」を定めることになった。
東京については、明治32年10月、警視庁告論として「理髪業組合規約」が通達され、理髪業を衛生的な視点から規制した我が国最初のものであった。
明治34年3月警視庁令「理髪営業取締規則」が制定、理髪業が直接、人の身体に触れて作業するところから、伝染病の危害から多数の人の健康を守り、公衆衛生を保持、増進することをねらいとして制定された。
[理容師法50年史より]

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