理容鋏の由来

明治4年の断髪令の公布により結髪から断髪へと男子髪型の一大革命期に入る。ちょうどその頃、西洋理髪の輸入と共に、フランス人コルテによって鋏が日本に入ってきた。
しかも理容器具の輸入も間に合わず、輸入品をまねて国産品がつくられた。
わが国の理容鋏製作の開祖といわれる友野義国は、薄手、幅広のいわゆるたなご型の鋏で、刀身5寸(約15cm)、幅7分(約2.1cm)、目方50匁(約180g)というから、かなり大きなものであった。
またその頃、立野平作も西洋鋏の製作をはじめており、義国と平作の銘が入った鋏が多く出回った。
さらに大正から昭和の始め頃は、河野弥一の鋏が有名、「荘司の大鋏」も名高い。現在ではミニ鋏が主流となっている。

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